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アユタヤへ

3日目、アユタヤ遺跡を見ようとファランポーン駅から電車に乗り込んだところ、偶然にも1人の日本人の観光客に出会った。「五体不満足」の乙匡クンに似た彼は、ある有名機器メーカーから転職中の時間を見て遊びに来たらしい。どうやら五体満足な彼もアユタヤに向かうらしいので、途中まで一緒に行く事にした。まさかその後に、また再会するとは思いもしなかったが...。

バンコクから約1時間半。渡し船に乗ってアユタヤへ。四方を川に囲まれ、遺跡の多い都市として有名だ。そこから歩いて10分程、1泊する予定のゲストハウスに辿り着くと、そこには日本人がたくさん宿泊していて、ちょっとホッとした。しかもオーナーは日本人。そのオーナーがヤクルトを持ってテーブルに置いてくれたので、「飲んでいいんですか?」と聞いてみたところ、「あ、これは私の」と言われ、ちょっとコケたが。そこにいた大学生の人に話を聞くと、なんと自転車をレンタルしてくれるとの事。自転車で風を切りながら、遺跡巡りをするなんて最高!まさに絵に書いたような快適な1日になった。

※写真をクリックすると拡大画面が出ます
ゲストハウスはなかなか居心地よかった。後ろの本棚には日本のマンガがいっぱい...。
アユタヤへの渡し船より。異国情緒あふれる顔だちが。右の人物はマルコス大統領?
アユタヤの街道を自転車に乗って遺跡へと。
象さんに乗っているのはもちろん日本人。
遺跡のカッコ良さは、行って見た人じゃないとわからない。まず思ったのが、プロモーションビデオを撮ってみたい!ということだった。のぼったり、触ったりもできる上に、けっこうデカいので、満足できる事間違いなし。ちなみに右下のリクライニング・ブッタは有名な対戦格闘技ゲームのバックで使用されているモデルのようだ。とにかく、1日かけてまわって見ることおすすめ。
遺跡近くで出会った子供達。遠く見えなくなるまで、バイバイをしてくれた。
突然の超豪雨

 遺跡巡りは暑い日ざしにも関わらず、快適だった。ミネラルウォーターばかり飲んでいた気がする。甘い飲み物ばかりのタイだからか、無味の水がこんなに甘く感じられたのは今までになかった。途中で何度も五体満足の乙匡さんに出くわした。彼は一台のトゥクトゥクをチャーターしていた。なんでもその運転手の自宅にもおじゃましたらしい。

 遺跡の近くで2人の子供達と仲良くなり、別れる時に大きく手を振りながらバイバイをしてくれた。米粒くらいになって見えなくなるまで...。なんだか江頭、いや目がしらが熱くなる気がした。小さい頃に忘れかけた何かを思い出させるような...。日が暮れてきたので、帰路に着こう、と思い自転車を来た道を戻る事に。きれいな夕焼けがアユタヤの川の光りに映える。

 と、通りに面したところにコンビニがあったので、ちょっと入ってみることに。ジュースなんかを物色して出ようとしたところ、そこには想像もつかない光景がくりひろげられていた!アユタヤが沈没してもおかしくないような超豪雨。「えっ!なんで!?いままでカラッカラに晴れてたじゃん!!」なんて日本の常識は、きっとここでは通用しないのだろう。さらに雷鳴もとどろきはじめ、遺跡のシルエットがうかびあがってちょっと絵になる光景だった。「なんとか待てばあがるだろう...。」と思っていたが、一向にあがらないのだった。とりあえず傘を買っておき、暇つぶしにコンビニの定員さんと記念撮影。外ではズブぬれになった学生が必死にトゥクトゥクに相乗りしていた。

 結局雨をあがるのを待ってコンビニで2時間近く過ごし、真っ暗なアユタヤの街を一人自転車で走らせてゲストハウスについた頃には、夜の9時を回っていた。とりあえず、御飯を頼んだところ、「ドラえもん」でジャイアンが自作した料理「ジャイアンシチュー」にそっくりなかけ御飯が出てきた。色は真っ赤でアレだったが、野菜も豊富で、栄養価は高そう。
夜はゲストハウスに居た2人の日本人と話しこんだ。2人とも、自分とおない年くらいで、大学を卒業してからフラッとタイに来て、居着いてしまったらしい。...他人事ながら、大丈夫なのかと心配してしまった。その位、物価も安く、魅力のある国という事なんだろうけど。蛍光灯の近くに、白いヤモリがたくさんうごめいている。

自分の部屋のとなりには、近所によくいそうな日本人のオッサンが部屋を借り切っていた。日本ではうまくいかなかったのかな。部屋が雨漏りをしているらしく、しょっちゅう部屋から大量に水の入ったバケツを持ち出していた。ここまでいくとドリフのコントだ、という具合に。自分の泊まる部屋は改装したばかりらしくペンキのにおいが充満していた。今でもハッキリとそのにおいは思い出す事ができる。

都会的なサヤーム・スクエア

 3日目はとりあえずバンコクに戻ることに。ミャンマーからタイに渡ってきたという親切なゲストハウスのお兄さんに導かれ、バスに乗ってバンコクのバス・ターミナルまで。そこでトイレを利用しようとすると、ちゃんと受付があって、3バーツとられてしまった。とりあえずかなり都市開発が進んでいるという地域、サヤーム・スクエアへ。そこはなんというか、もうアメリカにいるような感覚だった。有名ブランド品ビルもあれば、スターバックスもある。チャオプラヤー川で見た人々との格差にがく然とするばかり...。

とりあえず近くにある「東急ビル」に入った。ちょうど新宿のタイムズスクエアのような感じで、ゲームセンターや映画館、青山ブックセンターのような本屋がある。ガングロ(?)の高校生達がフラついていて、なんだか見てくれはみんな恐いが、話すと道を教えてくれたりとみんな親切だった。サヤームスクエアからは、タイの都市を縦横無尽に走るスカイ・トレインなるものがあり(これがまた近代的なデザイン)これでパッポン通りやシーロム周辺へ楽々いけるようになったのだった。

サヤーム・スクエア中心の道路、なんというか交通量がはんぱじゃなかった。
バンコクのバス.ターミナル。バスはタイでは重要な交通網。売店でにぎわっていた。 タイムズ・スクエアのようなMBKセンター。まるでハリウッドにいるかのよう。

 その後、スカイ.トレインに乗って近くの各駅を巡ってみたが、どこへ行ってもタイの古きよき街並みはあまりみられず、免税店やブティックばかり目立っていた。

ふと、そこに今風のタイ人の女子高生が通りかかった。急に神妙な面持ちになり、手を合わせて拝むポーズをしたので、何か、と思うと近くの公園で仏教の祭りのようなものを行っていた。こんな近代的な街並みの中でこんな光景が見られるとは。仏教徒が90%をこえるタイならではだろう。仏壇を照らすオレンジ色の光りと飾られたマゼンダの花が高層ビルをバックに映えている。その落差に不思議な美しさがあったのだった。

木琴のような楽器の演奏をバックに、着飾った女性達がタイ伝統の舞踊を行っている。音楽はなんとも、「運動会のマーチ」をスローバージョンにして木琴で奏でたようなメロディーだったが、2年たった今でも不思議と耳にのこっている。

不思議な指の動きを見せるタイの踊りをみることができた。甘ったるい声色と共に木琴のような楽器が演奏される。なぜか、見入ってしまう。
まさか高層ビルたちのぼる街のはずれでこんな催しが見れるとは思わなかった。
パッポン通りでの再会

日本人観光客がたむろするという、パッポンストリートへ。そこには、何やら怪しげな店ばかりたちならんでいる。なかでもタニア通りというのは、モラルの無い日本人がよく利用するため、日本専用の風俗街へとカスタマイズされてしまっているようだ。確かに、ちょっと歩くだけで「赤坂」だの日本の看板が目をひく。途中でもやたらと声をかけられた。「ミルダケ、ヘイ!ミルダケ!」と。

パッポン通りは売店や、ゴーゴーバーなどがごっちゃになって組み合っている通りだった。買わせようとする剣幕も凄く、腕を掴んで離してくれなかった。しかしなにしろ、子どもが物を売っている後ろでお姉さんが「胸にニプレスだけ」でズンタカ踊っていたりするのだから不思議だ。どう思うのだろう?「それが自然なのさ」と唱えるのだろうか?

そろそろ旅つかれからか、ちょっとしたコーヒー店で休んでいたところ、ふと目にした人物が!!それはあの「五体満足の乙匡クン」だった!日本人観光だからとはいえ、かなり離れたアユタヤで会ったのだから、偶然といえど不思議だった。その後日本に戻ってから、彼からメールが来たのだが、爽やかな顔して、何でもその後ゴ-ゴ-バーのような所にひとり足を運んだらしい。それなりの所だったらしいが、まあ、察するにそれだけではないはずだろう(笑)。

タニヤ通り。左の写真の通り、売春が多い。もちろん、行っていませんが。看帆も「築地」だの「赤坂」だのと日本人用にされてしまっている。ッホB
東京ぽん太なる看板が。日本をバカにしとる?この先の店には、マッチョな男の写真が大量に貼られた怪しいお店があった。もちろん、入るわけないですが。

そんな感じで、タイ旅行4日間(その後台湾にも行ったのですが)は充実してました。どこかの本で、「タイは夏休みの国だ」なんて事を行ってましたが、まさにそんな感じです。ハマったらぬけられないでしょう。ひどい食あたりに会わなかったのも幸運。最後パッポン通りで出された生水を飲んでいたら、間違い無く逝っていた事でしょう。航空料金は台湾経由で往復5万2000円。タイでは、うまくやれば1日1000円くらいで宿泊込みでいけると思います。

とある駅の車窓より。気のきいた看板がまたいい旅情をかもし出している。